※ネタバレ有
※展示物の写真有
※個人的な考察有
行方不明展とは…
私たちは「行方不明」と聞くと「誘拐」「認知症」のイメージがあります。小さい子が誰かに連れ去られて。認知症の方が勝手に家を出て。ニュースで見るものは規模が大きいものです。
でももしかしたら私たちが知らない「行方不明」があるかもしれない。そうした認知の小さなズレを感じる展示会でした。
以下、ネタバレ注意。
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1.行方不明者の張り紙
展示会に入るとまず行方不明者の張り紙が貼られているところから始まります。そして壁には展示者が展示ブースの説明をしている白い板が貼られてました。(美術館によくあるあれです。)
そこにはこんな文章が「この展示会は全てフィクションである」
これがガチの行方不明者のものだったら、犯罪ですからね。当たり前です。
その後に行方不明者のご家族(?)の張り紙等を見ました。
どれも生々しく、まるでちゃんと現存する人間を探すようなものでした。いえ、もしかしたら脅しにも近いかもしれません。そのような展示もありました。(Xで載せた写真たちはこのブースのものです)
以下、Xに載せた写真たち(閲覧注意)



本当に探してるのか?というものが多くありましたね。
普通張り紙なら「不特定多数」に向けてメッセージを送るものです。「見つけてもらうこと」が目的ですから。
正確な服装や背丈、どんな人物なのか書くべきです。不特定多数がそれを目にしてわかるような、そんなものを作るべきです。
ですが、展示のは少し違いました。張り紙の対象が不特定多数というより「失踪した本人」に対して向けているようでした。目的も見つけてもらうより「見つかるように仕向ける」みたいな感じなんです。
気味が悪い。
まぁフィクションですから。大丈夫です。
って思ってました。
展示者はブースの最後にこう言うんです。
「なぜこの展示会ができたのか。それはここに展示されている人物たちが全員戸籍上で確認ができなかったからです」と。
これ読んだ瞬間鳥肌たちました。
展示者は「これらの展示物が創りものである」と断言してません。
あくまで「戸籍上から確認ができていない」からここに展示されている「人物」はフィクションとして「扱っている」、ということです。
つまり、この展示物は実際にあったものかもしれないということ。
では、こんな気味の悪い張り紙が出来上がってしまったのでしょうか。
戸籍上から確認できないのであれば、張り紙が探している人物たちは「存在しないもの」ということです。
では張り紙の持ち主は一体、?
ここからはブース1だけを見た私の考察です。
統合失調症、はご存知でしょうか。
統合失調症の陽性症状には「 実際にはない声が聞こえる幻聴や、まわりから監視されていると思い込む妄想」などがあります。
つまり、張り紙の持ち主たちは「統合失調症」を患っており、「存在しない誰か」を探していた。
探しても探しても一向に見つからない。彼らは張り紙を作り世に出す。
誰も知らない人物を探し狂う姿が目に浮かびます。
実際、「ああ、統合失調症かな」と思う展示物もありました。以下がそれです。

読めますかね。
「存在しないはずの妻」を探す人の展示物。
一向に繋がらない(当たり前)のに諦め展示物を譲ってくれたそうです。
携帯に注目しましょう。この携帯たち明らかにおかしいんですよね。
形も違えば、色も違う。多分使っている世代が異なるからでしょう。
若い子が使っているようなものもあれば、ご老人が使っているようなもの、キラキラデコっているものもあります。
この展示物を送ってくださった人物がどのような人なのかはわかりませんが、これほどの量の、そして多種多様な携帯電話。一体どこから集めたのでしょうか。まさか、携帯くださいって言って集まるもんじゃないですからね。
恐らくですが、廃棄物の処分場なのではないでしょうか。あそこだったら使われなくなった家電、粗大ゴミ、携帯電話はあるでしょうね。
つまり、この人は存在しない妻を探すために「ゴミを漁った」ということですね。異常です、ね。
先ほど統合失調症と言いましたが、あくまで例であって必ずしもこの症状=統合失調症、異常者=統合失調症ではないことを了承ください。
どちらにせよ、精神に異常をきたしているのでしょう。何かしらの病を患って「存在しないもの」を探そうとした。
2.行方不明を望む者
先ほどは存在しない行方不明者でしたが、ここからは行方不明を望む者たちの展示でした。(その一個前に行方不明のもの「行方不明は人だけでなく物にもなる」という展示がありましたがここではカットします。)
行方不明を望む者。先ほど行方不明とは「誘拐」や「認知症」のイメージが強いと言いました。つまり、「望んでいない行方不明」ですね。ですが、実は「望んだ行方不明」もあるという展示です。音声や"行方不明になりたい"と書かれた展示がありました。わからなくもない。
社会に疲れて行方不明になることで「誰かから探してもらえるかもしれない」という第三者からの存在価値を認めてもらう願望があるのかもしれません。
あるいは本当に疲れて何もかも、誰からも、縛りを解き放ちたいという願望もあるかも。
そんな中で目を疑う展示物がありました。



読みづらい!!!!
要約すると、だいたいこんなことが書いてます。
「行方不明おめでとう。お前は望んで行方不明になったんだよね。こないだお前の親のところ行ったらお前のこと忘れててさ、お前の部屋も出席番号も写真もないんだ。周りもみんなお前のこと知らないってさ。お前がまるで最初から存在しないみたいだ。私もあんまり覚えてないんだけど、友達だったような気がする。でもこの状況はお前が望んでいたことなんだろうね。だから私ももう忘れることにするね」
って感じです。
ほう。つまり、望んで行方不明になった人は存在がなくなってしまうということでしょう。
少し進んでいくと、展示物が段々とおかしくなりはじめます。
おかしいというか、怖くはないのですが、
まるで「存在していたもの」が「存在しないもの」に変わっていくんです。
なるほど。さっきのブース1の張り紙たちは現実的なものに当てはめて病名を言っていましたが、どうやら違うようです。
非現実的ではありますが、「行方不明」に「成功」した者は「この世界から存在ごとなくなる」ようです。
つまり、今まで見てきた行方不明者はみんな「望んで」行い、「成功した」から戸籍上から抹消されたということでしょう。
そして、「成功」しても記憶を持つ周りの人はいるようです。先ほどの写真のように、「存在していた」ということだけ記憶として残るのでしょうね。だから、あの携帯電話、張り紙。
張り紙がおかしかったのは、「存在したはず」の者をなんとか形作って「存在させよう」としていたのかもしれません。
3.行方不明とは
今まで行方不明とは何かの考察をしてきましたが、まとめるとこうです。
行方不明展が開催できたのは行方不明者が戸籍上存在しない人物だったから。つまり、行方不明者を探していた人物たちは何かしらの病を患っていたのではないか。「存在しない人物」を探していたのではないか。
だが、展示を見るにつれてこの考察が違うとわかる。
行方不明者が存在しないのは「行方不明に成功」したからであった。行方不明に成功すると存在自体が消える。つまり、今まで見てきた行方不明者は「存在していた人物」だということになる。
最後らへんの展示です。


展示物がありません。
どうやら散逸してしまったようです。2枚目の写真をよく見ていただきたいです。見づらいですが…
2枚目の展示物は1枚目の展示物の少し前「行方不明のもの」が展示してあるところで見ました。
見るとですね、どこかのアパート?の落とし物一覧ですね。いつどこで誰が拾ったのか書かれてます。
このアパートでは、手紙がよく落ちているようです。後藤さんという方の字に似ているそうですが、
後藤さん←だれ?
となっています。そして後藤(ス)のところ。矢印で
あなた以外に後藤さんっていましたっけ?わざわざなんで書いてるんですか?
とあります。
今までの考察を踏まえると、このアパートには後藤さんという方が2人住んでいたけれど1人は行方不明になり、存在が消えてしまったようです。そしてその後藤さんは手紙を書いていたんですね。
1枚目の写真の展示物は「手紙」です。
この2枚の写真に関連性があるかわかりませんが、もしあるのだとしたら1枚目の写真の展示予定だった手紙は後藤さんが書いたものかもしれません。
先ほど2.で写真を見てもらいましたが、「行方不明」になった人は「存在」が消えてしまうだけでなく、「存在から生み出したものごと」消えるということでしょう。行方不明者が写った写真、行方不明者がいるからあった出席番号・部屋、行方不明者が書いた手紙、全てが「存在していたもの」になるんでしょうね。
4.行方不明展とは
本当に最後の展示物。
ビデオが流れていました。何人かの人(性別も年齢も違う)が普通に生活している姿を写したものでした。説明にはこんなことが
「このビデオは隠し撮りのようなものをカットしてくっつけたようなものです。ここに写っている人たちは皆、行方不明者なのではないかとされています。こちらは現在非公開となっています。」
そして床には行方不明の張り紙がありました。
先ほど言ったように張り紙の人物たちは戸籍上、存在しない人物です。
でも、ビデオには人が生活した記録が残っているんです。「存在していた」んです。行方不明者は「存在していた」。正式になりましたね。
しかし、ここで思い返します。今までの行方不明者は望んで行方不明になっていました。望んで成功したから行方不明になったんです。
おっと恐ろしい。こちらに写っている人物たちは望んで行方不明になろうとしていたのだろうか。
普通に日常を送っていただけに感じます。
誰かの手によって、行方不明に「成功させる」こともあるのでは。
行方不明とは「行方不明に成功した者」が「すべての存在ごと消えていく」ということです。
行方不明展は私たちに何を教えてくれたのでしょうか。
あなたの周りにもあなたが知らないだけで「行方不明に成功した/された人」がいるかもしれない。だから気をつけてね。
※この展示会はフィクション?です。