shia10’s blog

拙い文字で書くだけ

行方不明展 考察

※ネタバレ有

※展示物の写真有

※個人的な考察有

 

行方不明展とは…
私たちは「行方不明」と聞くと「誘拐」「認知症」のイメージがあります。小さい子が誰かに連れ去られて。認知症の方が勝手に家を出て。ニュースで見るものは規模が大きいものです。

でももしかしたら私たちが知らない「行方不明」があるかもしれない。そうした認知の小さなズレを感じる展示会でした。

 

 

以下、ネタバレ注意。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

1.行方不明者の張り紙

展示会に入るとまず行方不明者の張り紙が貼られているところから始まります。そして壁には展示者が展示ブースの説明をしている白い板が貼られてました。(美術館によくあるあれです。)

そこにはこんな文章が「この展示会は全てフィクションである」

これがガチの行方不明者のものだったら、犯罪ですからね。当たり前です。

 

その後に行方不明者のご家族(?)の張り紙等を見ました。

どれも生々しく、まるでちゃんと現存する人間を探すようなものでした。いえ、もしかしたら脅しにも近いかもしれません。そのような展示もありました。(Xで載せた写真たちはこのブースのものです)

以下、Xに載せた写真たち(閲覧注意)

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本当に探してるのか?というものが多くありましたね。

普通張り紙なら「不特定多数」に向けてメッセージを送るものです。「見つけてもらうこと」が目的ですから。

正確な服装や背丈、どんな人物なのか書くべきです。不特定多数がそれを目にしてわかるような、そんなものを作るべきです。

ですが、展示のは少し違いました。張り紙の対象が不特定多数というより「失踪した本人」に対して向けているようでした。目的も見つけてもらうより「見つかるように仕向ける」みたいな感じなんです。

気味が悪い。

まぁフィクションですから。大丈夫です。

って思ってました。

 

展示者はブースの最後にこう言うんです。

「なぜこの展示会ができたのか。それはここに展示されている人物たちが全員戸籍上で確認ができなかったからです」と。

これ読んだ瞬間鳥肌たちました。

展示者は「これらの展示物が創りものである」と断言してません。

あくまで「戸籍上から確認ができていない」からここに展示されている「人物」はフィクションとして「扱っている」、ということです。

つまり、この展示物は実際にあったものかもしれないということ。

 

では、こんな気味の悪い張り紙が出来上がってしまったのでしょうか。

戸籍上から確認できないのであれば、張り紙が探している人物たちは「存在しないもの」ということです。

では張り紙の持ち主は一体、?

ここからはブース1だけを見た私の考察です。

統合失調症、はご存知でしょうか。

統合失調症の陽性症状には「 実際にはない声が聞こえる幻聴や、まわりから監視されていると思い込む妄想」などがあります。

つまり、張り紙の持ち主たちは「統合失調症」を患っており、「存在しない誰か」を探していた。

探しても探しても一向に見つからない。彼らは張り紙を作り世に出す。

誰も知らない人物を探し狂う姿が目に浮かびます。

実際、「ああ、統合失調症かな」と思う展示物もありました。以下がそれです。

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読めますかね。

「存在しないはずの妻」を探す人の展示物。

一向に繋がらない(当たり前)のに諦め展示物を譲ってくれたそうです。

携帯に注目しましょう。この携帯たち明らかにおかしいんですよね。

形も違えば、色も違う。多分使っている世代が異なるからでしょう。

若い子が使っているようなものもあれば、ご老人が使っているようなもの、キラキラデコっているものもあります。

この展示物を送ってくださった人物がどのような人なのかはわかりませんが、これほどの量の、そして多種多様な携帯電話。一体どこから集めたのでしょうか。まさか、携帯くださいって言って集まるもんじゃないですからね。

恐らくですが、廃棄物の処分場なのではないでしょうか。あそこだったら使われなくなった家電、粗大ゴミ、携帯電話はあるでしょうね。

つまり、この人は存在しない妻を探すために「ゴミを漁った」ということですね。異常です、ね。

 

先ほど統合失調症と言いましたが、あくまで例であって必ずしもこの症状=統合失調症、異常者=統合失調症ではないことを了承ください。

 

どちらにせよ、精神に異常をきたしているのでしょう。何かしらの病を患って「存在しないもの」を探そうとした。

 

 
 

2.行方不明を望む者

先ほどは存在しない行方不明者でしたが、ここからは行方不明を望む者たちの展示でした。(その一個前に行方不明のもの「行方不明は人だけでなく物にもなる」という展示がありましたがここではカットします。)

行方不明を望む者。先ほど行方不明とは「誘拐」や「認知症」のイメージが強いと言いました。つまり、「望んでいない行方不明」ですね。ですが、実は「望んだ行方不明」もあるという展示です。音声や"行方不明になりたい"と書かれた展示がありました。わからなくもない。

社会に疲れて行方不明になることで「誰かから探してもらえるかもしれない」という第三者からの存在価値を認めてもらう願望があるのかもしれません。

あるいは本当に疲れて何もかも、誰からも、縛りを解き放ちたいという願望もあるかも。

そんな中で目を疑う展示物がありました。

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読みづらい!!!!

要約すると、だいたいこんなことが書いてます。

「行方不明おめでとう。お前は望んで行方不明になったんだよね。こないだお前の親のところ行ったらお前のこと忘れててさ、お前の部屋も出席番号も写真もないんだ。周りもみんなお前のこと知らないってさ。お前がまるで最初から存在しないみたいだ。私もあんまり覚えてないんだけど、友達だったような気がする。でもこの状況はお前が望んでいたことなんだろうね。だから私ももう忘れることにするね」

って感じです。

ほう。つまり、望んで行方不明になった人は存在がなくなってしまうということでしょう。

少し進んでいくと、展示物が段々とおかしくなりはじめます。

おかしいというか、怖くはないのですが、

まるで「存在していたもの」が「存在しないもの」に変わっていくんです。

なるほど。さっきのブース1の張り紙たちは現実的なものに当てはめて病名を言っていましたが、どうやら違うようです。

非現実的ではありますが、「行方不明」に「成功」した者は「この世界から存在ごとなくなる」ようです。

つまり、今まで見てきた行方不明者はみんな「望んで」行い、「成功した」から戸籍上から抹消されたということでしょう。

そして、「成功」しても記憶を持つ周りの人はいるようです。先ほどの写真のように、「存在していた」ということだけ記憶として残るのでしょうね。だから、あの携帯電話、張り紙。

張り紙がおかしかったのは、「存在したはず」の者をなんとか形作って「存在させよう」としていたのかもしれません。

 

 

3.行方不明とは

今まで行方不明とは何かの考察をしてきましたが、まとめるとこうです。

行方不明展が開催できたのは行方不明者が戸籍上存在しない人物だったから。つまり、行方不明者を探していた人物たちは何かしらの病を患っていたのではないか。「存在しない人物」を探していたのではないか。

だが、展示を見るにつれてこの考察が違うとわかる。

行方不明者が存在しないのは「行方不明に成功」したからであった。行方不明に成功すると存在自体が消える。つまり、今まで見てきた行方不明者は「存在していた人物」だということになる。

 

最後らへんの展示です。

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展示物がありません。

どうやら散逸してしまったようです。2枚目の写真をよく見ていただきたいです。見づらいですが…

2枚目の展示物は1枚目の展示物の少し前「行方不明のもの」が展示してあるところで見ました。

見るとですね、どこかのアパート?の落とし物一覧ですね。いつどこで誰が拾ったのか書かれてます。

このアパートでは、手紙がよく落ちているようです。後藤さんという方の字に似ているそうですが、

後藤さん←だれ?

となっています。そして後藤(ス)のところ。矢印で

あなた以外に後藤さんっていましたっけ?わざわざなんで書いてるんですか?

とあります。

今までの考察を踏まえると、このアパートには後藤さんという方が2人住んでいたけれど1人は行方不明になり、存在が消えてしまったようです。そしてその後藤さんは手紙を書いていたんですね。

1枚目の写真の展示物は「手紙」です。

この2枚の写真に関連性があるかわかりませんが、もしあるのだとしたら1枚目の写真の展示予定だった手紙は後藤さんが書いたものかもしれません。

先ほど2.で写真を見てもらいましたが、「行方不明」になった人は「存在」が消えてしまうだけでなく、「存在から生み出したものごと」消えるということでしょう。行方不明者が写った写真、行方不明者がいるからあった出席番号・部屋、行方不明者が書いた手紙、全てが「存在していたもの」になるんでしょうね。

 

4.行方不明展とは

本当に最後の展示物。

ビデオが流れていました。何人かの人(性別も年齢も違う)が普通に生活している姿を写したものでした。説明にはこんなことが

「このビデオは隠し撮りのようなものをカットしてくっつけたようなものです。ここに写っている人たちは皆、行方不明者なのではないかとされています。こちらは現在非公開となっています。」

そして床には行方不明の張り紙がありました。

先ほど言ったように張り紙の人物たちは戸籍上、存在しない人物です。

でも、ビデオには人が生活した記録が残っているんです。「存在していた」んです。行方不明者は「存在していた」。正式になりましたね。

しかし、ここで思い返します。今までの行方不明者は望んで行方不明になっていました。望んで成功したから行方不明になったんです。

おっと恐ろしい。こちらに写っている人物たちは望んで行方不明になろうとしていたのだろうか。

普通に日常を送っていただけに感じます。

誰かの手によって、行方不明に「成功させる」こともあるのでは。

 

行方不明とは「行方不明に成功した者」が「すべての存在ごと消えていく」ということです。

行方不明展は私たちに何を教えてくれたのでしょうか。

あなたの周りにもあなたが知らないだけで「行方不明に成功した/された人」がいるかもしれない。だから気をつけてね。

 

※この展示会はフィクション?です。

家族

私は良い家庭に生まれた。

私のやりたいことはなんでもやらせてくれる家庭だった。

ピアノをやりたかったから習い事に行かせてくれた。

塾には行きたくなかったから行かないって選択肢を承諾してくれた。それでも夏期講習は行かせてくれた。

義務教育も高校も私が好きなところに行かせてくれた。

旅行も毎年してくれた。行きたいところに連れてってくれた。

私が先生になりたいという夢を認めてくれて、こんなに高い私立の大学に入学させてくれた。

門限はなく、私を信頼してくれていた。

 

大学生になって一回だけどうしようもなく辛くて泣きながら電話したことがある。

私は定期的に情緒が不安定になるからよくあることだろうと私自身は思っていたのに

私以上に私の親は心配してくれていた。

送って欲しいものがある時、欲しいもの以外にお菓子とカップラーメンとレトルト食品が入っている。

毎月仕送りで銀行にお金が入る。使わないけど。

ある程度裕福かもしれない。でも何年か前に実家をリホームしたから多分ローンはあると思う。

 

これまで生きてきて実感しなかったのに今になって実感する。

私はだいぶお金をかけて育ててもらっている。

住みやすい環境、勉強しやすい環境、自分の好きを追求する環境

全部親のおかげでできてる。

料理も洗濯も掃除も衣替えも登下校も今までしてもらってた。

だから学生なりに恩返しがしたいなって思って、修学旅行の時はお土産を買ったり、ご飯を食べる時は最後の方までのこったり、受験とか課題とか自分ができる範囲は後回しにして家族の時間を作ったりしてた。

でも多分それじゃ足りなくて。

なにがいいかなーって思った時に多分言葉なんだろうなって思った。

でもこの言葉は1番大切な時にとっておきたいっていうわがまま。私結婚できるかな。願望あんまりないけど。

 

おばあちゃん子とかおじいちゃん子とかそういう言葉があるけど私はどれでもなくて

ママっ子だしパパっ子だしばあちゃん子だしじいちゃん子。

ママに抱きつくのが好き。パパに頭撫でられるのが好き。ばあちゃんにぎゅーしてもらうのが好き。じいちゃんに頑張ったなって言ってもらえるのが好き。

これ、あと何回できるんだろう。

あと何回これができますか。人には命があるから。

 

私のお母さんはミセスが好き。

大森元貴さんの「0.2mm」が好きって言ってた。

私も好き。歌詞がいいと思う。

おかえりって大切にした方がいい。

ただいまって大事にした方がいい。

私は生まれたばっかりの時に腸の病気で手術をした。生まれたばっかりなのに緊急室に運ばれた。

生まれたばかりの私は透明なガラス越しに産声をあげて母親と触れられなかったらしい。(帝王切開だったので)

なんとか生きて、でも通過検診で中3まで大きい病院に年に一度通った。

生きてる今。ちゃんと。

前に母子手帳を見たことがある。

検診のたびにちゃんと一言一言書いてあって、

名前もちゃんとすごくいっぱい考えられてることを知った。

だから私、自分の体傷つけたくないし、人には名前で呼んでほしい。

大好きなものがいっぱいあって、

なんかもうそれだけでいいなって思えてきた。

大変なこといっぱいあって辛くて病んでを繰り返してるけど

多分世界のどこかしらには私の味方はいて、

だからもうなんかそれだけでいっかなって

辛い時にこういう考え思い出せればいいなって

頑張って明日も生きよう

2026年6月のついはい🔑

6/1

・誰かから親切にしてもらった日は誰かに親切を返すって思ってて。こないだ学校で知らない人にお菓子もらったから知らない人のコピー手伝った。

6/4

・言葉は最大の呪いだと思ってる。どこで得た知識かは忘れた。忘れないでっていう言葉は死を伴うとこの上ない最大の呪い。

・纏わりついて離れない呪いが言葉だよ。

・私は愛を態度でもらうから

6/5

・ガキだから楽しみすぎて起きちゃった。朝風呂入ろうかな。

・朝風呂した。

6/6

・宇宙人から見て地球人は宇宙人だよな

・↑下手、上手みたいなこと言ってる

・おにちゃ普通に好きだったけどな

6/7

・炭酸飲料の炭酸抜きが好き

6/8

・私が連絡とってる大学の男はお前だけだよ

・愛せない自分を責めながら、それでも人を求めてしまう

6/9

・人を好きになるのは簡単で、人を段々嫌いになっていくのはもっと簡単。あーあ。あー、私がこんなカスみたいな人間じゃなかったらもっと簡単にラフにいけたのに。

・梅雨作ったの誰だよガチでゆるさねぇからな

・大学、どこ行っても寒いんだけど

・バイトに同じ大学の先輩おって神。色々手伝ってもらった。メロ男だ。怖い

6/10

・そうめん食いたい

・恋愛するのがここ数日嫌で嫌でたまらなかったんだけど結局会うとふわふわするからダメなんだろうな。薬物みたい

・顔で友達選ぶ人が高校の時いっぱいいたから大学が楽しい。

・私は人と遊ぶのが好きじゃないから仲良いなって思う人としか遊ばない(心許した人)しか遊ばないんだけど、世には仲良くなるために遊ぶという人種もいるらしくて。普通にすごいなって思った。私は絶対疲れるからやだ

・なんかの拍子に間違えてアイスいっぱい作っちゃったから安くなる!っていうのないかな。そんな夢を見たいな

・ピーマンの消費成功した。殺人現場みたいでおもろい

・私が好きになる人はみんなトマトが嫌い

・私は異性愛者なんだけど、人に対して好きと言う言葉を使う時に好き=異性だと思わないでほしい。好きって自分の意思表示のための言葉であって好きな人って異性のこととは限らないから。友達は好きな人だし

・ひいじいちゃんとは赤ちゃんの時に会ったから記憶ないんだけど、今でも見守ってくれてると思ってる。多分近くにいる

・春に溺れる 夏に刺される 秋に纏われる 冬にしがみつく

・偉いから自由課題やった。提出期限30分前ぐらいにだした。馬鹿がよ。

6/11

・部屋に蚊がいて、いま8箇所刺されてる。

・ワイ、未成年飲酒絶対しないって決めてるから

・読み取り楽しいけどこんなん誰でもわかるからもっと独創的な考察をしたい

6/12

・ガチ寝坊したけどいつも30分前ぐらいに学校行ってるから全然平気

・10分で化粧と髪の毛した私を褒めて

・もし私が死んで悲しんでくれる人がいるなら私はそれだけが死ねない理由だ

・カラオケで恋愛ソングを歌ってる時に思い浮かべる人が好きな人だと思う。

6/13

・入学式以来、スーツを着てなくて久々に今日着たんだけど、ズボンが緩い。痩せたこれ

・自転車にのったおじさんが事故りそうになったのか大声で怒鳴っていた。まず歩道を自転車で走るなカスが。と思った。ダニに足をやられて猫の気持ちがわかった。故意ではないけど朝おじさんをころばせてしまった女性を見て、今日一日中思い出すんだろうな、可哀想だなと思った。

・ドキドキするのは今気になる人。安心するのは中学に好きだった子。

6/15

・死のうと思ったのに些細な人の優しさで生きようと思うのは一見いいことだけど、心変わりが激しすぎるから自分なりの無意識のSOSだと思う

・今気になっている人のことを嫌いになっていくのが怖いんだ私。人を愛せないって示されるのが怖い。怖くてたまらない

6/16

・私はぬいぐるみを抱かないと寝れない

・あと11点だけ倒したら勝ちという時に見事11だけ倒したの脳汁えぐかった。

・赤ちゃんを見た時いつも変な顔しちゃうか笑っちゃう。可愛いから。

・友達、ありえんくらい脈アリで爆笑してる

・やっぱ好きだなって思った

・授業中にびーりの通知なっても誰もカバンを漁ることなく授業に集中するクラスでほんまよかったなって思う

・自分磨きって自分じゃなくなる感じがしてあんまり好きじゃない。した方がいいんだけどさ、道端に落ちてる石を愛でるのも必要だと思うから私はボーちゃんになる

6/18

・えぐい!!!幸せになりたい!!!!!!

・ひどく物寂しくて伊勢物語の朗読を聞いてる

・和歌は私の寂しさを埋めてくれるから

一貫性のない話

いい人のいい文章を読むと悔しいと思う。

晴れだと思ったら曇りだった日の悔しさに似ている。

ただ経験を綴ってるだけなのにちょっと悲しくなって、ちょっと寂しくなって、ちょっと感動して、だいぶ悔しがる。

もう少しこうすればよかったとかそういう後悔じゃなくて、ただ単純にいいなって思う。

ただ思ってることを書くだけで私も誰かを今の私のような気持ちにさせたい。

才能とか、努力とかで書けるものじゃない。

だから書こうと思う。数打てば当たると思ってるから。

 

 

 

私は目がカメラだったらいいのにって思う。

目で見るのと写真で撮るのとじゃ彩度とか細かな部分とか全然違う。

瞬きがシャッターで脳みそに写真を保存できればいいんだ。

横目で見た時にぼやけてるとか、そういうのを表したいから。だからカメラになって欲しい。

目が悪いのもそのまま反映されて欲しい。

メガネのレンズの凹凸も反映されて欲しい。

私の目が見える色をそのままで保存したい。

いつも死んだ目をしてるけど、この目に映る景色は意外と綺麗ってことを伝えたい。

友達の横顔を撮りたい。まつ毛の長さがわかるから。

道端の小さな青い花を撮りたい。誰も見ていないから。

夕方のマンションの廊下を撮りたい。毎日見てるはずなのに何も思わないから。

綺麗なものばかりじゃなくて汚いものも撮りたい。嫌いじゃなくなるから。

笑顔を撮りたい。思い出になるから。

いいなって思う写真をインスタにあげていつでも私が簡単に見返せるようにしてる。

私のおすすめはピアノだけの曲を流しながら眺めること。

 

 

 

ちょっと人と違うことをするのが好きだった。

コラージュとか写真撮るとかブログ書くとか。

このブログは先輩に教えてもらって始めたんだけど

結構いい。

自分の考えていることも思っていることも何にも変更されない私だけの空間。

読者は見てるだけでいい。何にも批評されない個々の空間。

文字が踊ってる。

高校で演劇部に入ったのはちょっと違うと思ったから。

よくSNSで流れてくる「部活動 お守り 作り方」とかには流れてこなくて良いなって思った。

人に変わってるねって言われたことがない。言われてみたい。なんか個人としてみてくれてるような気がするから。

部長やってた時に、演劇部は個性的な人が多いから部長大変だねってよく言われてた。

今思ったんだけど、私は個性的じゃないのか。

演劇部の中では他人から見たら私は個性的じゃないらしい。

演劇部の人から見たら私は個性的でしたか。至って目立たない人間でしょうか。

みんなはふたつなみたいなのがあったのに私にはこれと言った特徴がなかった。

唯一好きだった実況者グループは同時期に活動休止と脱退をした。

レモンティーも飲まなくなってしまった。水の方が安くて。

赤色が好きだったのに赤のものを身につけてないからあんまり思われないし。

ごきぱんが好きだけど今はうんたねこも好き。

すぐ飽きて、すぐ好きなもの作って、推し作って、金溶かしてってやってたらこれというものが残らなくなった。

私の中に残った絶対は夢だった。

夢は絶対叶えるマンだった。でも今それに囚われすぎて苦しくなってる。

私が私と言えるものが欲しい。ちょっと人と違う、"これ"が欲しいと常に考えてる。

 

本当に関係ないけど私が好きになる人はみんなトマトが嫌い。トマトはうまいだろ。

野菜の中で何が一番好きか聞かれたら絶対トマトって答えるほど好きだけどな。

夏に小腹が減った時トマトを持ち出すほど好きだけどな。

夕食の時にトマトが出てきたら全部私が食べるほど好きだけどな。

トマトって美味いですよ。私トマト食べるのでその代わりとうもろこしと豆を食べてください。

好き嫌いが逆って価値観合わなそうだけど、お互いの苦手を補える関係と考えると面白いなって思う。

これから友達とか恋人になる人には「トマト好きですか?」って聞こうかな。

嫌いって返ってきたら「じゃあトマト食べるので私と一緒にいましょう。豆を食べてください」って言おうかな。

おかしいやつだな。やっぱやめよ

文章

生暖かい風が私を纏う。

カーテンが靡いて、

青空のキャンパスになにか空白を作ろうと飛行機が飛んでいる。

1人用の冷凍庫を開けて棒付きアイスを出す。

袋のはじを持ってベットの上で胡座をかいた。

今日は何か予定があったっけ。

明日の天気は晴れだっただろうか。

誰か呟いてるかな。

そう思って私は片手をスマホに伸ばす。

アイスは冷たかったから生足じゃなくて半ズボンの上に置いた。

 

今日の予定は何もないらしい。

明日は今日より2℃、気温が上がるらしい。

友達がツイートしてる。

スクロールする手を私は止められない。

ただ時間が過ぎて。文字の羅列を見ているだけ。

心に残るものも何もない。情報が無価値のまま飛び交う世界に価値を見出すのはもうやめた。と思ってる。

ふと、こんなツイートが目に止まる。

 

多様性を認められないのもまた多様性。

 

この世界としてはかなりましな、いや結構良い

価値のある考えだ。

私はあまり多様性に興味がない。

1人の人として好きになるか、嫌いになるか、興味がないか、興味があるか。

ただそれだけだったから。

だけどきっとこの呟きをした人物はちょっとだけ理不尽なことに遭ったんだろう。

今の時代、LGBTQ +とかADHDとかそんな言葉が蔓延っている。

それ自体は全然何にも思わない。

むしろ人類が性別という概念を捨てようとしており、自分はこうであると主張するにはぴったりな言葉たち。

良い意味でも悪い意味でも、自分はこれですって指し示すには便利な言葉たち。

だけどそれと同時にこう思う。

むしろその言葉を作ることで壁を作ってるのではないかと。

春があるから秋があって。

夏があるから冬がある。

暑いがあるから寒いがあって。

甘いがあるから苦いがある。

でもこれって人類が経験した事実から感覚的な言葉ができていて。

もしこれが事実を伴わない言葉ならそれは人間が満足するために作られた言葉なのではないかと思う。

猫っていう言葉があって。実際には種類が大量にあるのに猫でひとまとまりにされてかわいそうだなって思う。

しかもその猫は動物というカテゴリーに入ってて、動物は哺乳類っていうカテゴリーに入ってる。

毛細血管みたいに本当は細かく細かく一つ一つそれを表す言葉があるのに、私たちはそれを動脈として認識している。

私は自分を表す言葉を大きな分類で表したくない。

私はこういう人間ですって言いたくない。

人と関わっていく中で相手がこういう人だって思ってくれれば良い。

何が好きか嫌いか、興味があるか興味がないかで私がこういう人だって勝手に思ってくれればそれでいい。

それで私を愛してくれる人がそばに残ってくれればいい。

 

スマホをスクロールする手を止める。

「そういえばアイス食べてなかった。」

大和言葉

言葉って良くて、ほんの一瞬の出来事でもそれを表現する言葉が何千、何万とある。

日本語の美しさでよく語られるのは花の最後の表現の仕方。

 

桜は散る 梅は零れる 椿は落つ

牡丹は崩れる 朝顔は萎む 菊は舞う

紫陽花はしがみつく

 

綺麗だなって思う。花が枯れるじゃなくて最後っていうのもなんだか愛おしい。

日本語独特の言い回しが好きで、きっと大正とか明治とかその辺りの言葉が好きなんだと思う。

というか、大和言葉が大好き。

空とか恋とか色とかのジャンルに分類される小さな美しい言葉たち。

好きなのを紹介します。

 

●空・時間に関する言葉

⭐︎暮れ泥む(くれなずむ)

暮れそうで中々暮れない夜になるまでの長い時間のこと。

映画にも『くれなずめ』というのがあります。見たけどよくわからんかった。でも熱かったなって思う

 

⭐︎逢魔時(おうまがどき)

昼と夜が移り変わる頃。

⭐︎彼者誰時(かたわれどき)

昼と夜が混ざり合う頃。

⭐︎黄昏時(たそがれどき)

日没後の薄暗くなる頃。

 

映画『君の名は』でも出ていたんでしょうか。詳しくはわからないのですが、こちらの逢魔時と彼者誰時、黄昏時は面白いんですよ。

彼者誰時は「誰そ彼時(たそかれどき)」とも言います。つまり、黄昏時です。

漢字の通り、彼が誰かわからない時間帯…彼の顔がよくわからない時間帯…

それを彼者誰時。別名、黄昏時といいます。

誰かわからない時間帯は人間じゃない者も現れる時間帯です。昼と夜の境界が曖昧になり「禍どき(不吉なもの)」に遭遇しやすい…

だから、魔に逢う時…逢魔時というのですね。

大体同じ時間帯でも表す言葉はたくさんあります。

全ての言葉が=とはなりませんが、夕方ぐらいになって人の顔が見えなくなった時、

「ああ、黄昏時だな」って思うようにしてます。

それと同時に田んぼの畦道には気をつけてください。禍どきが出る時間帯ですから、最近流行りのくねくねが出るかもしれません。

 

⭐︎静寂(しじま)

物音ひとつないほど静まり返っている世界。

朝のイメージが強いですが、夜にも使うらしい。

せいじゃく、と読まずしじま、と読むのを綺麗と思うのは私だけなのでしょうか。

 

⭐︎星今宵(ほしこよい)

七夕を指す言葉。

毎年のように梅雨で天の川は見えません。

今年の七夕は見れるといいな。

 

●恋を表す言葉

⭐︎待宵(まつよい)

来るはずの人を待つ宵のこと。

昔は女性が待ち男性が行くという恋愛方法でしたから、女性が考えた言葉でしょうか。愛おしい人を待つ時間はどんなに物寂しく恋しいのでしょうか。

現代だと、返信が来ない!みたいな感じなんでしょうね。

 

⭐︎夢人(ゆめびと)

恋しくて夢の中ですら会う人のこと。

現代は好きな人が夢に出てきたら「私ってこんなに想ってるのか、」となりますが、昔は違います。

昔は意中の相手が夢に出てきたら「その人は自分のことを想っている」と解釈していたんですね。

ちょっと自己中では?と思いますが、恋をしてるとそう思いたくなるのが人間なのでしょう。

いづれにせよ、夢で会えたら幸せなことですね。

小野小町も夢に関して詠っています。

「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを(あなたを想いながら寝たので夢に出てきたのであろうか。夢だとわかっていれば覚めなかったのだろうに。)」

 

⭐︎恋の端(こいのつま)

恋のきっかけのこと。

最初を端と表現するの良いですよね。

 

それ以外にもありますが、よく和歌で用いられる言葉の意味をここに置いときます。

⭐︎紐

下着の紐のこと。東歌では紐を解く、みたいな歌があります。直接すぎる表現だと思います。

⭐︎袖を振る

愛おしい人に行う行為。愛情の直接的表現。

⭐︎手枕(たまくら)

共寝の情景を表す。こちらも東歌に見られます。

 

私がいま万葉集東歌について研究してるというのもありますが、東歌は結構直接的な表現が多くやはりだいぶ宮廷歌とは違います。

宮廷歌の相聞はもう少しマイルドなのですが、

東歌は一緒に寝た布団にもう少し入ってくればよかった、とかとりあえず一緒に寝よう、とか

万葉仮名も訓仮名が少なく、ほとんど字音仮名です。地名もほとんどは地名として残っているのですが、字音仮名で表現されることもあります。

方言なんですかね。あとやはりなんか野蛮です。

 

だいぶ直情風で、私はあまり美しいとは思えませんが文化的価値があり、研究として使われるのは納得です。

 

大和言葉もっと知りたいなって思いました。辞書でも買おうかな。

 

駄文

なめこ汁が好きだなって思った。

普通にうまいし。冷めるの遅いし。

給食のなめこ汁が出た日はすごく嬉しかったし。

でも私が作るなめこ汁はわかめとなめこだけだから

いつも食べてる最中に豆腐とねぎ入れればよかったって後悔する。

最近すごく物忘れが激しい。

たぶんやることが多いから頭の中で整理するけど

整理したデータがフォルダに入って

そのフォルダがたくさんあるから

どこに何入れたかわかんなくなるんだと思う。

こうやって書いてる今でも

皿洗いしなきゃ、20時台に風呂入りたい、

課題はあれとあれとあれとって考えてる。

でも忘れちゃう。

フォルダがどっかいくから。

頭の中のフォルダは整理が簡単にできなくてちょっと困る

 

しかしうまいななめこ汁。

なめこ汁も好きな食べ物に入れようかな。

りんごと豚汁となめこ汁ですって言おうかな。

汁ばっかりじゃん。やめた。

小さい頃から汁が好きだったな。

なんだろう。多分お腹いっぱいでも無理やり胃の中に入れられるのが汁だから好きなんかな。

食卓に出されたものは苦手でも全部食べるっていう独自のルールのせいで

お腹いっぱいの時無理して食べるんだけど、汁だけキツくないから

だから汁物が好きなんかも。

汁って素晴らしい。なめこ汁うまい。

すき家の汁いつも豚汁に変えてもらう。

なんならもう味噌汁が好き。レトルトのはきらい。

味噌汁とご飯だけで3年は生きられる。

米だけでも生きられるけど。

米って甘い味するから米だけでも食べられるんだよな。

地元好きだから地元の米しか食いません。

地元愛。

 

地元といえばばあちゃん家の水道水美味かったな。

山から引いてるから多分なんかペロリ菌みたいななんかそんなの危ないらしいけど。ピロリ菌かも。

普通に美味かったな。

水道水うまいっていいな。ばあちゃん家で正月に出てくるお雑煮が美味かったな。

やっぱ汁なんだよな。

おせちとか寿司とかよりも

お雑煮が好きだった。餅も好きだし。餅って米か。

じゃあ私は米と汁が好きなんだ。

昔の人みたい。

昔っていいよね。

昔に戻りたいな。

 

何言ってんだろ。課題します。